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ジャカルタ暴動、とりあえずのメモ

· Islam,election,Militants

11/26、少しだけ更新

・アホック・ジャカルタ知事の発言が宗教の冒とくに当たるとする、11月4日の抗議デモが一部暴徒化した。宗教的少数派の攻撃を目的として、刑事起訴をデモや脅迫に訴える方法は民主化以降各地で起きている(拙稿「宗教への冒とく」参照)。実際デモのあとの7日になって、警察が知事を事情聴取した(ただしデモのまえから予定されていた)。

・ではなぜ比較的大規模(10万人)で、さらに暴徒化したのか。

アホック知事就任後の開発プロジェクトの加速化とそのために相次ぐ貧困層の立ち退きによる不満がたまっていた。中間層以上に立ち退きは歓迎されており、アホックの人気は高い。したがってメディアや政党、主要イスラーム組織は不満層の受け皿になっておらず、FPIなどのイスラーム急進派が介入する扉を開いた。(Ian Wilson “Making enemies out of friends" 参照)

ユドヨノ前大統領は、しばしば急進派のロビーを受け入れて、事実上政策に反映されていた。ジョコウィになってから、そうした窓口がなくなった。これが路上(制度外)からの政治行動が大規模化した制度的な説明。(拙稿「ユドヨノの保守的宗教政策とジョコウィ政権における変化」参照 )

以下、デモと暴動の経過、注目点。

・デモにはAksi Bela Islam II(イスラーム擁護のための行動 パート2)という名称が付けられた。第1回は10月14日だった。主催者は「MUIのファトワを擁護する国民運動」(GNPF MUI)を名乗る。

・NU、ムハマディヤ、アンソール(NU青年組織)など主要組織はメンバーのデモ参加を禁止

・デモ以前、10月31日にジョコウィはプラボウォの自宅で面会(デモ後の17日に大統領宮殿に招いて再度面会)。息子を州知事選に立候補させているユドヨノが、2日にデモ動員への関与を否定する異例の会見。ISによるアホック殺害を促す写真が出回る。治安当局の警告などに対して、デモ主催者側は平和的なアピールを強調。Arifin Ilham、Yusuf Mansur、Aa Gymなど著名説教師などもデモ支持。11月4日をイスラーム暦やエジプトの反体制(同胞団)運動から正当化する言説も。

・急進派(思想の中身には差異があるが、「イスラームの敵」に対しては共同歩調 cf. 2013年のレディーガガのコンサート反対)に加えて、2月の州知事選の対立候補支持政党=国政でも野党のグリンドラとPKSによる動員が加わったのではないか。ジャカルタ郊外、さらに地方からも多数参加。平和的なデモを行おうというアピール(ハッシュタグ#AksiDamai411)もあり、デモ隊によるゴミ拾いも登場。ただし、「アホックを殺せ」など多数のヘイトスピーチ。

・警察はベール女性部隊を投入。

・ジョコウィはアホックを擁護しているとみられていた。実際、大統領はデモ隊との面会を一切拒否した(そもそも大統領府に戻らなかった)。デモ隊は(副大統領と面会後)大統領との面会を求め投石、午後6時を過ぎてから暴徒化した。

・深夜になってジョコウィが会見、暴徒化には政治的背景があったことを示唆。

・7-8日に大統領がNU、ムハマディヤを訪問、インドネシアの統一(NKRI)への感謝を述べた(9日に大統領宮殿へ招待)。10日西ジャワとバンテンのウラマーを集めた集会開催、12日警察と軍(警察機動隊・陸軍特殊部隊・海兵隊本部)を訪問。

・ジョコウィ支持者が、歌手Ahmad Dhaniを大統領への名誉棄損で告発。

・16日、アホックを宗教冒涜罪の容疑者に認定。

・17日、FPIら国会議長・副議長と面会。18日、警察長官がMUI訪問。

・19日、「多様性のなかの統一」パレード。11/4が不寛容に基づくという前提で、多様性を前提とするナショナリズムに訴えた、対抗デモ。

・23日、大学講師のBuni Yaniを、ヘイトスピーチで容疑者認定。Facebookでアホックの発言を拡散、その他差別的書き込みを問題視。

・12月2日に第3回のデモを予定。大通りで金曜礼拝実施。警察は違法行為の取り締まりを警告(11/22)

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